2017年09月23日

安倍政権おろしは国を滅ぼす 安倍政権おろしは国を滅ぼす

安倍政権の支持率が大きく低下し、年内の解散総選挙の可能性が報道されています。
この大きな要因はやはり、森友学園の寄付金や加計学園の許認可を巡る疑惑でしょう。
支持率、つまりそれを支える国民はメディアの報道の影響を強く受けますから、これらのニュースが連日流されることによって、安倍政権への印象が悪くなり、風当たりが強くなったと考えられます。
もちろんこうしたスキャンダルはないほうが望ましい。政治家には清廉潔白で道徳的にも立派な人であってほしいと願うのは当然です。

しかし、これらは数ある政策の中でもゴミのように小さな話に過ぎません。寄付金があったとしても、その金額もせいぜい100万円。新設学校の認可も、膨大にある教育テーマの中の、1つの学校という、これまた本当に小さなこと。
それを国家天下と同じレベルに拡大して報道し、こうしたことに国会審議の時間が奪われ、政治家の労力が費やされている・・。

今の日本には、外交、安全保障、社会保障、農業改革、教育改革、資源開発、果ては待機児童問題などなど、課題は山積みです。
にもかかわらず、このような些事に振り回されて、仮に政権が交代するとしたら、日本人からはもはや知性が失われたことを意味し、暗鬱な気分になります。


ひとつひとつの政策をチェックする
たとえば、あのトランプ大統領と対峙してもビビることなく、フットワーク軽く交流できる人物は、ほかにどれだけいるでしょうか。
安部首相ほど多くの諸外国を巡り、経済協力や信頼関係の構築に尽力した首相は、近年ではほとんどいない。それくらい特に外交面では成果を上げていると感じています。

また、私は憲法9条の改正には賛成の立場ですが、それは北朝鮮の核開発問題や中国の海洋進出問題など、日本を取り巻く環境が日本国憲法が制定された70年前とは大きく変わっているからです。
戦後と異なり、日本の安全を脅かす国家がすぐ隣で台頭し、アメリカの軍事力にもかつてほど依存できない懸念がある。
そうした国際環境の変遷において、他国を攻撃するためではなく、他国からの侵攻や脅威から自国を守る力を持つことは、独立主権国家を維持するためには欠かせない要素だと思います。

にもかかわらず変化を頑なに拒否するのは、現実逃避か思考停止か、あるいは単なる意地のようにさえ感じます。
状況が変われば自国の姿勢も変えるというのは、元セブンイレブン会長の鈴木敏文氏が言う「変化への対応」であり、「強い種が生き残ったのではなく、環境変化に適応した種が生き残ったのだ」というダーウィンの進化論と同じことではないでしょうか。

では現政権礼賛かというとそうではなく、経済政策に関しては支持しないものもあります。特に金融緩和は行き過ぎている印象で、住宅の供給過剰などいろいろなひずみを生み出しています。
遅々として進んでいる様子が見えない特区戦略は、もっと規制を緩めてスピード感を持って実施してほしいと思います。(現場ではやっているかもしれませんが)
働き方改革も、現実には単に残業カットの押し付けになっているだけという問題も起こっているようです。

そういったひとつひとつの政策の功罪をチェックしたとき(全部ではなく、省庁やニュースサイトなどから得られる情報のみに基づいています)、現時点の政治家としては最もバランスがあるという判断をしています。
もちろんこれは私個人の見解であり、反対意見などいろいろな見方・考え方があってよいと思います。ここは本コラムの主要な論点ではないので、上記の政権評価の部分はスルーしていただいて結構です。


政治家は何で評価されるべきなのか
しかし、そうした個別の政策群とその進捗状況、及び結果の検証からなされる総合的な評価なしに、スキャンダルやゴシップだけで政権・政党全体の良し悪しを決めてしまうというのは、知的な判断力を持った人間のすることではない、というのは納得できると思います。

では、そもそも政治家という職業を評価する指標とは何か。
清廉潔白さでしょうか。もちろん一つの要素としてはあると思いますが、それは単なる生活態度や勤務態度のようなもので、それだけでは「職能」を測るには不十分です。
では政治家の職能とは何か。政策立案能力や政策運営能力ではないでしょうか。そしてその結果であるはず。

普通のサラリーマンであっても、業務上の成果はもちろん、リーダーシップや組織への貢献度などなど、様々な指標で評価され、昇進や昇給が決まるでしょう。そこには目標の数値目標やスケジュールのデッドラインなどもあるはずです。
ただ真面目なだけで結果を出せない人間が組織のリーダーになれば、その組織は衰退するであろうことは想像に難くありません。

そういえばかつてクリントン元アメリカ大統領も「不適切な関係」というスキャンダルで弾劾裁判に発展しましたが、アメリカ経済を強くした功績もあり、罷免は免れ任期満了まで続投しました。
フランスの大統領でもかつて、ミッテラン氏の隠し子騒動や、サルコジ氏の伴侶セシリア夫人のアメリカ駆け落ち、オランド氏と女優ジュリー・ガイエなど様々な恋愛スキャンダルがありましたが、お膝元のフランスメディアは一貫して、政治家の能力と私生活は別、というスタンスを取ってきたようです。

そしてこれはビジネスの場でも同じで、故スティーブジョブズ氏は社内で怒鳴り散らしていたという話は有名ですし、日本でも愛人がいる中小企業経営者はいるでしょう。しかしプライベートや勤務態度がどうであろうと、経営能力があるから社長でいられるわけです。
つまり政治家には政治能力を問うというのは、ごく当たり前のように思います。

では政治家の場合、いったい誰がそうした視点で評価をしているのでしょうか。
ひとつには野党がありますが、国会中継を見る限り、彼らはどちらかというと批判のための批判が仕事というか、ただあら探しや言葉の揚げ足取りのような追及が多く、客観的な評価はあまり期待できないなと感じます。(あくまで個人的な印象です)


メディアの報道は商品である
そこで国民に代わって政策のチェック機能として期待されるのがメディです。公約の進捗状況はどうなっているか、成果は出ているかなどを検証し、さらにはより良い政策を提言するのもメディアの本来の役割のひとつのはず。
しかし昨今は、国民の下世話な好奇心を満たせるテーマだけを掘り下げ報道する傾向が強いなと感じます(もちろん全てのメディアということではありません)。

ただそれはやむを得ないことで、ある程度は大衆に迎合しなければ販売部数や視聴率が取れないからです。
政策を評価し提言するような報道番組を作って、どれだけの視聴率が取れるかというと、ほとんど取れない。視聴率が取れなければスポンサーが付かず広告収入が得られない。だからそんな番組は駆逐される。
これは雑誌も同じで、電車内の吊り広告を見ると、いろんな意味で好奇心をそそられるコピーがずらり。

そしてスキャンダルやゴシップの方が売れるなら、よそに負けじと実家までおしかけて取材合戦を繰り広げることになります。
その裏では、もっと報道されるべき価値あるニュースがあったとしても時間枠やスペースがなく、短縮もしくはお蔵入り。
彼らにとってのニュースとは、食べていくための「商品」なのですから。


メディアのチェック機能のレベルは国民の知的レベル
また、ニュースや記事は、マスコミ企業に勤める一般のサラリーマンが作っています。
そこには当然、記者やその上司の好き嫌いを含めた個人的な興味関心・価値観も反映されますから、必ずしも公平・公正とは限りません。
ましてや彼らが、視聴者や読者よりも優秀とは限らないのです。

たとえば、前の東京都知事が辞職するきっかけとなった公費の私的流用疑惑の一連の報道で、彼はセコい人物という評価になっているようです。
しかしそれは、数万円や数十万円の使い道などと、記者会見や議会で質問する側のレベルが低いからです。追及する内容がセコいレベルだから、その回答もセコいレベルになってしまうのです。

一方、彼より2代前の東京都知事が作って潰した銀行の損失は1,400億円。なのに、なぜあまり追及されなかったのでしょうか。これだけの公費(税金)をドブに捨てても、何の罪も責任も負わない。連日報道される森友学園や加計学園の問題など足元にも及ばない規模なのに・・・。

それはおそらく追及する側に、1,400億という規模に思考が付いていかず、どう追及すればいいかわからなかったからでしょう。
一方、旅費や絵画のレベルであれば、記者の生活圏の範囲内であるし、国民もイメージしやすいから突っ込みを入れやすい・・・。

というのは憶測の域を出ませんが、政策も同じく、突っつく側の論点のレベルが低ければ、出てくる回答のレベルも低くなるのは必然です。(むろん、パナマ文書などのように、1枚の紙が国家を揺るがすこともないわけではありませんが・・・)

国家予算はおよそ97兆円もあります。
マスコミには、数百億円、数千億円、数兆円レベルの政策に突っ込みを入れていただきたいものです。大きな規模の政策のほうが、国民の生活に与えるインパクトが大きいからです。ただしそれを、国民が興味を持つか、理解できるかというとまた別の話ですが。


適切な後継者がいてこそ前任者を退陣させる意味がある
仮に自民党に下野を迫るなら、あとのことも考えて判断する必要があるのではないでしょうか。
つまり、自民党に代わって国家を運営できる力量を持った政党は存在するのか、ということです。

軍事政権や独裁政権による圧政で国民が苦しんでいて打倒するわけではないのですから、とりあえず辞めさせたはいいけど、あとを引き継ぐに足る能力を持つ人がいなかった、というのはあまりにも愚かでしょう。
米国が起こしたイラク戦争後、ますます治安が悪化し失敗だった言われるのも、政権崩壊後の戦後処理に対する筋書きが甘かったからとも言われています。

そこで、ほかに次期首相候補と言われている人を見たとき、安部首相ほどのリーダーシップを発揮し、多方面の政策を引っ張っていけそうな人はいるか。
他の野党のホームページで提言されている政策を見て、あるいは党首を見て、政治経済外交など広範に及ぶテーマを抱える「国家運営」を任せられるに足ると本気で思えるか。

そして民主党政権時代、彼らがいったいどんな政策を掲げ、どんな成果を成し遂げたのか、よく総括・評価しておかなければ、また同じことを繰り返すことになりかねません。
もっとも、あのときのおかげで自民党は猛省して勉強し、政権運営能力を高めたという評価もあるようですが。

そして、次を担う政権与党は、独自色を出すために前政権の政策を否定する可能性があります。
これは企業でも同じで、新社長が前社長の戦略を否定し新しいことをやって自分の評価を高めようとするのはよくある話です。
仮に自民党から別の首相が選出されても、やはり何らかの方針転換はあるでしょう。

もちろん、良くないものや効果のない政策は変えたりやめたりすべきですが、まだ進捗中で結果が出ていないものまで否定したり廃止したりすれば、今までかけてきたお金も労力も全部パーになります。そしてまた新しい政策が発表され、振り出しに戻り、ゼロからのスタート。そういったリスクも含めて判断する必要があります。

たとえば「ゆとり教育」も、一般教科以外の学習などを通じ「生きる力」を獲得しようというのが目的であり、それは本来学力では評価しきれないはずが、学力だけで評価してしまったために「失敗」と方針転換されました。
ある教師に聞くと「学校や教師自身が何をしていいかわからなかった」など、単に現場での対応が追い付いていなかった要素も大きかったようです。

そこでたとえば昨今のプログラミング指導などのように、民間の力も合わせながら運用面を改善するなど、もう少し長い目で見ても良かったのではと思いますが、「ゆとり世代」と揶揄される羽目になった世代は気の毒に感じます。


メディアリテラシーを高める
では私たち個人はどうすればいいのか。
個人ではマスコミの報道内容を変えることも、国民に「そんな番組は見るな」などという強制もできません。
できるのは投票に行くことくらいですが、現時点では圧倒的多数派の「大衆」には到底かなわない。

ひとつの提案は、自分で情報を取りに行き、自分なりに検証を試み、表層的なゴシップに惑わされることなく、冷静に評価をし、一人ひとりが自分なりの考えを発信していくことです。

もちろん、すべてを検証することはできないし、自分に直接影響のない政策の行方はわからない。
しかしそれでも、社会の動きに耳を澄ませ、わずかな変化を感じ取ろうとする姿勢を持つ。
あるニュースを、ひとつのメディアだけでなく、複数のメディアから横断的に考察する。

そして、もし自分が首相だったら、各省庁の大臣だったら、何をするだろうかと想像してみる。短期的なテーマと長期的なテーマは何か。何を優先し、何を後回しにするか。財源はどこから捻出するか。

すると、自分の目先の利益を確保してくれる耳ざわりの良い公約を掲げている人よりも、より公益的・長期的な視点で政策及び政治家を評価する視点が持てるのではないでしょうか。
私たちひとりひとりがそういう意識を持って選挙で投票すれば、清廉潔白さだけではない政治家選びにつながると思います。(現実的には望むべくもないかもしれませんが)
posted by 午堂登紀雄 at 12:57| Comment(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

舛添氏の辞任劇は、日本人の幼稚さが起こしたこと

先週は舛添要一東京都知事がついに辞任しました。
遅かれ早かれとは思っていましたが・・・。

また日本人、日本メディアの悪い癖が出たな、と感じました。
政策立案・運営能力よりもスキャンダルを重視し、辞めるまで叩き続ける。
本来、政治家には政治家としての力量を問えばいいだけで、スキャンダルなんて国民や都民には何のメリットも関係もないことです。

彼は(はた目には)石原前都知事、猪瀬前都知事よりも仕事をしていた印象があるので、そんなことで辞めさせるなんてもったいない。
私の友人の友人が都庁で働いているらしいですが、その人の話によると、今までの誰よりがんばっているという評価だそうです。
これは又聞きなのでなんとも言えませんが。

そもそも現在の東京都には、オリンピック問題、築地市場移転問題など、モメて関係者が頭を抱えている難題を数多く抱えていて、ここで選挙、政治ストップ、新しい都知事の下で再スタートなんて、むしろ都民にとってはマイナスではないかと思います。

将来の首相候補の小泉進次郎氏を出せとかいう声もありますが、そんな虎の子を都知事にさせて潰されるかもしれないというリスクを自民党が冒すはずもない。
これらの問題を処理するには、そうとう分厚いツラの皮と精神力が必要で、あそこまで粘れる舛添氏でよかったのではないかと私は感じます。

それに都知事選挙だけで数十億円もかかるなら、舛添氏の不明な経費を全額返納させたほうが安上がりというものです。
彼ももう二度と疑わしいことには使わないはずです。
さらに、彼の報酬を減額して続投させれば、能力のある人間をバーゲンプライスで使えるという意味において、むしろ都民にとってはプラスでしょう。

政治能力よりもスキャンダルや知名度、清廉潔白度を優先して政治家を決めるなんて、本当に日本は幼稚過ぎる。
公費の使い方で不正疑惑があるなら、それを解明して返金させればいいだけ。
フランスでもアメリカでも、大統領に愛人・不倫問題があっても政治能力を買って受け入れた国民の成熟度と差を感じます。

リーダーシップがある人は、個性やアクが強く、敵も多いものです。
そもそも清廉潔白で「いい人」に、重要な決断、反発を受ける決断、大胆な決断ができるはずもない。
人畜無害な人間は何事も成しえない。

宮崎謙介元衆議院議員のときも典型的で、彼が不倫しようと何しようと、国民の生活には何ら影響ないことです。
不謹慎だというなら、一般企業と同じく減俸処分にして続投させれば、先と同じ理屈ですが、衆議院議員になるほど能力のある人間を安く使えるわけですから、国民にとってメリットがある。
しかし誰も合理的に考えようとしない。
どういう判断が本当に国民・都民に利益をもたらすか、感情が優先して冷静になれない。
本当に幼く、成熟さや寛容さのない国です。

寄ってたかっての集団いじめ、公開処刑としか思えない一連の報道を見せられたら、子どもたちの世界でもいじめはなくならないでしょう。
子どもが見たら「大人のいじめのほうがひどいじゃん」と言われてしまうでしょう。
何か問題があったら責任を取って辞めさせる、というのは切腹文化の名残なのでしょうか。
他人を許せないこの不寛容さ、正義という旗を掲げて他人を叩くこの攻撃性は、精神的に未成熟な人が起こしているのだと思います。

こういう人たちは、自分がやりたいことが定まっていない、自分が出すべき価値にフォーカスできてない、目標に向かってまい進するという生活を送っていない人なのでしょう。
そんな不完全燃焼感・行き詰まり感・抑圧感が蓄積し、自分の考えとは異なる人に我慢できず、攻撃せずにはいられない。
くすぶっている人間ほど、ヒマを持て余し、口だけ番長で他人の批判をする。
私の周りの起業家もそうですが、何事かを成さんと努力している人にとっては、他人のことをどうこう言っているヒマなんてないのです。
posted by 午堂登紀雄 at 11:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

携帯電話料金で216万円の差に!

5月発売の「お金がどんどん増える人 お金がたちまち消える人」(学研パブリッシング)
http://ebook.gakken.jp/okane/

が、大きな増刷となりました!ありがとうございます。
これはお金を使うときの判断軸を紹介した本ですが、この本で書いた通り、私も自分の生活スタイルを振り
返ったとき、月7千円から1万円もかかる携帯料金は高いと感じました。

そこで、最新刊「グーグル検索だけでお金持ちになる方法〜貧乏人が激怒する2020年のマネー戦略」(光文社)
http://goo.gl/RNnWdy

で書いた通り、検索を駆使して、最も自分にフィットした携帯会社とプランを探しました。

最終的にはフリーSIMに変更、携帯料金はなんと月2千円に削減されました。

携帯電話はおそらく一生持つことになるので、いわゆる生涯コスト。
私は現在44歳ですが、仮に80歳まで生きればあと36年ですから、単純に月5千円削減できたとすると、生涯で
216万円も削減できることになります。

これも自分の習慣の見直しと、検索の威力です。
と思っていたらこの本も増刷になりました!自分の最近の資産運用戦略を語った本だけにうれしいです。


■セミナー・講演のご案内です。

○9月19日「都心マンション投資」徹底理解セミナー
http://www.rei-masters.net/seminar/date/150919/

2018年問題(黒田日銀総裁の交代、安倍首相の退陣)がささやかれていますが、仮にそうした状況で不動産価格が下落するようなことになれば、今度は銀行の融資姿勢も後退しますから、お金が借りにくくなります。
そのため、属性が高い人や現金を持っている人はオリンピック後を狙い、自己資金を使いたくない人は今取り組むのが良いのではないかと考えています。

私も追加でローン審査を申し込みました。
私は属性が低く、景気後退時はお金が借りられなくなりそうだからです。
この2年ほどは、国内投資で行けるだけ行くつもりです。


○9月26日「タイ不動産投資セミナー」
http://www.rei-masters.net/seminar/date/150926/

ご存知のとおり、今年末にはアセアン経済共同体が発足し、東南アジア域内の関税撤廃など、相互交流が加速しそうです。

ただし、人口の多いインドネシアやフィリピンは島国のため、陸路物流の要衝は地政学的にもタイになる。
しかもタイは東南アジアではシンガポール、マレーシアに次いでインフラが整備された国。
今後も日系企業だけでなく、数多くの外資系企業が進出する見込みです。

そこで今回、タイ不動産投資の魅力や注意点とともに、現地で不動産販売を手掛ける細川氏から、最新物件情報もご紹介いただく予定です。

しかも昨今はアメリカの利上げ観測により新興国通貨が下落しているため、両替にも悪くないタイミングでは
ないでしょうか。

参加費は無料ですので、ぜひお気軽にお越しください。

終了後は懇親会もあります。
懇親会は、参加者の様々な投資法を伺うことができて、私も勉強になります。


○10月11日 「ローンゼロ円住宅のつくりかた」実践セミナー
http://www.rei-masters.net/seminar/date/151011/

私が使ったネットツールをご紹介しつつ、土地検索や収支シミュレーションの方法、賃貸併用住宅に向かない土地など、私が実際にぶつかった課題なども解説します。
前回のセミナー参加者のうち、すでに2名が具体的に建築に向けて進んでいます。

私も建築中で、今は内装クロス(壁紙)を選んでいるところですが、家族でサンゲツのショールームに行ったりと結構楽しいですよ〜。

○10月10日、17日、24日 サンワード貿易主催 投資セミナー
http://www.sunward-t.co.jp/seminar/2015/20151010/

10日は横浜、17日は大阪、24日は名古屋で、サンワード貿易の講演に登壇します。


■有料メールマガジン

「午堂登紀雄のフリー・キャピタリスト入門」
http://www.mag2.com/m/0001370991.html

現在進行形で取り組んでいるビジネス・投資・節約術といった活動状況を紹介しています。


■書籍近刊

「知っている人だけ得をする ローン0円住宅のつくりかた」(双葉社)
http://goo.gl/ge733R


「世帯年収600万円でも諦めない! 夫婦で年収5000万円になる方法」(KADOKAWA/メディアファクトリー)
http://goo.gl/XeTy23

『お金持ちが財布を開く前に必ずすること』(KADOKAWAメディアファクトリー)
http://goo.gl/WX082c

『1つずつ自分を変えていく 捨てるべき40の「悪い」習慣』(日本実業出版社)
http://goo.gl/4fVi5l

「やりたくないことはやらずに働き続ける武器の作り方」〜だれでも人生を複線化できるお金と時間の仕組み〜
http://goo.gl/amsCH6
posted by 午堂登紀雄 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

サビ残にこだわるあまり思考領域が狭まるという発見

深大寺翔様、再び私の記事を取り上げていただき、大変光栄です!
http://careerconnection.jp/biz/news/content_1934.html

おかげで私の新たなコラムのネタとなりました。
http://allabout.co.jp/gm/gc/447558/

いろんな考え方があって楽しいです。
引き続き、よろしくお願いいたします〜^^
posted by 午堂登紀雄 at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月24日

奨学金の返済は自己責任では?

「夢」のために借りた奨学金と滞納が増加している「現実」
http://blogos.com/article/62768/

極貧の私は奨学金のおかけで東大・ハーバードに行けた
http://blogos.com/outline/62931/?axis=p:3

私も高校と大学の学費を旧日本育英会から借りて進学し、15年以上かけて完済したから、感謝している。
私は初年度の学費を払うことができず、新聞奨学生をやりながら大学に通った。
でも卒業後は就職できなかったので、返済開始を何年か遅らせてもらった。

自分が返済しているお金で後輩が進学できるということだから、返済しない人は「自分さえよければいい」という自己中心的な発想に感じる。
だって時給1,000円で1日8時間アルバイトしても、月25日働いて月収20万になるから、月2万弱の返済は難しくないはず。

大学進学がそれほど「夢」なら、別に奨学金だけが方法ではなく、働きながらだって行ける。
理系じゃ難しいという意見もあるが、進学の熱意があるのなら、乗り越えられるはず。
そこまでの情熱がないのなら、別に大学に行くほどでもないとも思うし。

私には、大学進学はそれほどの価値があるものなのか?という根本的な疑問がある。
私自身は就職できなかったし、初めて就職できた会社も1年でクビになった。つまり大学進学と社会に出て活躍できるかどうかは、言うほど関連性は高くないのでは?
「大学に行かないと経済格差が生まれる」というのも幻想だと思う。だって大学では稼ぐ方法、ビジネスで成果を出す方法、プロジェクトを成功させる方法、リーダーシップなんて教えてくれないから。
大学に行けなくても落伍者じゃないし、貧乏ならあえて大学に行かなくてもいい。

日本はすぐに道徳心を持ちだして弱者保護を言うが、「とりあえず大学には行っておかなきゃ」「でもお金がないから奨学金を借りよう」という気軽な気持ちで借りている人が多いわけだろう。

本人が本当に優秀なら、特待生制度を持っている私学もたくさんある。これならお金はかからない。
「貧乏であんまり成績良くないけど大学に行きたい。だからカネをくれ。」というムシのいいことを言いたいのだろうかことなのか。

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2013年02月19日

恥ずかしい行為のひとつ

民主党の海江田万里代表が民事提訴されるかもしれないそうです。
和牛オーナー制度で約4200億円の出資金を集めて、一昨年8月に経営破綻した「安愚楽(あぐら)牧場」への出資を、経済評論家時代の海江田氏が頻繁に勧めていたとして、一部被害者が損害賠償を求めて東京簡裁に民事調停を申し立てているとのことです。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00240758.html

ああ、恥ずかしい。
海江田氏を信じた?自分ではウラを取りもしないで?

海江田氏の責任を追求している人は、今まで儲かった利益の一部を海江田氏に還元したことがあるのだろうか?
なぜ日本人は、儲かったら自分のもので、損したら他人が悪いという発想をするのだろうか。

海江田氏が記事を書いたのは20年以上も前だそうだが、当時は本当に安定的な商品だったのかもしれない。
しかし、安愚楽牧場の経営にタッチしているわけではないので、20年後にどうなるかなんてわかるはずもない。(わかれば神ですね)

評論家や講演家が、スポンサーからお金をもらってその企業に有利な情報を発信するのは当然のことだ。
また、企業の広告塔になることは、彼らの仕事の一部でもある。それも当然のことだ。
モデルや芸能人が出ているテレビCMを見て買った育毛剤で、髪が生えてこないからと、そのタレントを訴える人はいるだろうか。

もし海江田氏が「元本保証」を口にしたのが事実だとしたら、それは彼に投資リテラシーがないのだということを投資家も見抜かなくてはならない。
国や金融機関が保証する金融商品以外は原則として元本保証はうたえない。
元本保全性の強い商品でも「元本確保型」と言うはずだから。

海江田氏を信用したのは投資家自身であり、お金を振り込んだのも投資家自身。
その投資家も、20年にわたって配当やら牛肉のプレゼントをもらい続けてきたのだろう。
それこそ自己責任ではないだろうか。

牛は生き物だから、いろんな環境変化の影響を受けるであろうということは、誰でもわかるはず。
それを自ら考えることを放棄して、他人に責任を押し付けて、自分のお金だけは回収したいという自己中心的な発想は、なんとかならないものだろうか。

もちろん、怒りのやり場がないという気持ちはわかるが、他人を責めるより反省材料として、将来より有望な投資対象を見つけるきっかけにしてもらいたいものだ。

訴訟なんてやっているお金も時間ももったいない。
何より、「自分は考える力がない能なしです」ということを自ら証明するようなもので、恥ずかしい行為のひとつだと感じる。


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2012年02月03日

私たちは人知れず搾取されている?

消費税を増税し、一方で増税分を給付する。
なぜこんなデタラメな発想になるのか・・・。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120128-00000069-mai-pol

東電はリストラはポーズだけで、値上げするし・・・。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120130/297600/?P=5&ST=rebuild

というわけで、国家や企業の搾取から身を守るために、こんな講演に呼ばれました。
http://www.sunward-t.co.jp/seminar/t20120324/index.html

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2012年01月09日

著作権保護とは何が保護されることか?

東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図
http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/20/news100.html

という記事があったけど、現時点では、スキャン代行が著作権侵害だろうとなかろうと、実害はそう大きくないと思う。

なんとかしてほしいのは、スキャン代行よりもむしろ図書館だと感じている。
最近の図書館は、ビジネス書も文芸書も、最新刊を即座に仕入れている。
図書館によっては、売れ筋は10冊以上在庫があり、それぞれ数十人から百人以上の待ちができている。

当然この人たちはお金を1円も払うことなく読めるから、書店では買わない。
つまり、出版物の市場縮小に貢献していることになる。

これこそ、出版社や著作者の実損であり、税金を使った民業圧迫ではないだろうか。

本来の図書館(市民図書館)の役割とは何か?
書店では買えない絶版本や、個人では買えない希少性のある本を中心に、市民の調査研究に役立つ書物を揃えることでないか。
少なくとも、書店に行けば買えるようなトレンド本を扱うことではない、というのが自分の考え。

「あまねく市民に文化教養サービスを」「低所得者にも気軽に書物に触れる機会の提供を」という声もあるかもしれないが、きっとそんな人も携帯電話やテレビくらいは持っているのだろう。

つまり、「本を買うお金がない」のではなく、「本に対する優先順位が低い」だけということであり、高尚な意義は単なる建前論のような気がする。

スキャン代行業者をスケープゴートにして、仮に彼らの存在がなくなっても、実はあまりメリットはない。

著作者の権利保護とはいったい何が実現されることなのか、そもそも論を考えなくてはいけない。

そして我々著作権者は、もっと売れる、もっと良いコンテンツを提供できるよう、努力しなければならない。難しいけど・苦笑

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2011年07月04日

テレビをやめて世界が広がった

地上波放送の終了、地デジへの対応、といろいろ騒がれている。
未対応の世帯もたくさんある、チューナーを買うお金がない、と問題視されている。
でも、テレビが見られなくないのは別に問題ではないし、騒ぐ必要もないと思う。

私の場合、ほとんどテレビを見なくなってから、収入も人脈も増えた。
テレビを観なくなってから、情報に踊らされることなく、投資で勝てるようになった。余計な買い物もなくなった。読書時間が増え、人と会う時間が増え、考え取り組む時間が増えた。

つまり、人生を広げるためには、テレビは必需品でもなければ情報源でもないと言える。テレビは暇つぶしの道具。ゲーム機やパチンコみたいなもの。
そこに税金をつぎ込んで地デジチューナーを配るなんて、税金の無駄遣い以外の何者でもないと感じる。

夢に向かって走っている人には、テレビは必要ない。テレビが必要なのは、夢を持っていない人。ほかの時間の使い方がわからない人。
高齢者の中には、「テレビがなければすることがない」という人もいるらしい。そんな恐ろしい人生にしないためにも、この機会にテレビをやめよう、というのもアリだと思う。


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2011年06月18日

エネルギーバブルか正常進化か

震災後、太陽光発電がにわかに注目を集めている。ソフトバンクの参入も影響しているようだ。
価格の安い中国産や米国産の太陽光パネルを採用する、異業種からの参入も相次いでいて、なんとなくバブル状態?

もちろん代替エネルギーの開発・推進は望ましいし、競争激化は消費者にはメリットがあるので、これがバブルだとしても、悪くはないかもしれない。
しかし昨今の議論は、「危険だから原発ヤメロ」というだけで、国家としてのエネルギー政策の議論が見えないように感じる。

回転ブランコの事故で全国の幼稚園や小学校から回転ブランコが消え、回転ブランコで遊んでいた大多数の子供たちから楽しみのひとつを奪った。
派遣切りの問題で政府が規制し、派遣という柔軟な労働制度の恩恵を受けていた人たちの職を奪った。

100かゼロかという、感情で極論に振れるのはこの国(だけではないかもしれませんが)の良くない傾向だろう。

今までさんざん原子力の恩恵を受けておいて、いざ問題が起これば大反対のシュプレヒコールをあげるのは、給料をもらっている会社の悪口を言うようなもの。
会社の不平不満を言うなら給料を返上してから言うべきと同様、まず家のブレーカーを落としてから言ってほしいと感じる。

聞きかじった話だけど、原子力と比べたら、太陽光も地熱も風力も発電効率は極端に低く、原子力ゼロでは日本の1億2千万人への供給は難しいらしい。原発1基分の発電量を賄うには、火力発電所5〜6基分が必要だそうで。

かといって火力発電を増やせば、京都議定書の批准を目指し「チームマイナス6%」といって税金を使って推進してきた政策や、排出権取引で今まで何百億円も出費(これも税金)をしてきた日本はいったいなんだったのかということにもなる。

安全はもちろん大切だけど、経済成長を阻害することなく、利便性の高い暮らしも両立できるよう、冷静かつ合理的に考える必要があると思う。
失敗から学ぶならば、「原発はナシ」が前提ではなく、より安全性の高い原子力発電所を作る方法も含めて議論し、聖域やタブーを設けないほうがいいような気がする。
もちろんそれは議論の中でであって、実施するにはいろいろ制約があるとは思うけど。

そもそも100%安全確実なものなんて存在しないのだから、それを求めれば何もできないし、膨大なコストがかかる。日本の沿岸に高さ100メートルの防波堤をぐるりと作れ、なんてことは無理だし。太陽光パネルだって、水銀や鉛が含まれている製品もあり、古くなったらそれらの処分はどうすんじゃい、という議論も将来は出てくる可能性がある。

ただ問題は、政府にも企業にも隠蔽体質があるので、何が本当かわからないところにある。
だから、基本的に自分の生活は自分で守れるようにしておこうと思う。
自然災害は防げなくても、そこから自己責任で這い上がれるようにしておく。政府や企業の対応に頼らず、自活できる体質を作っておく。そうすれば、他人の言動に腹が立つこともない。
そんなことを感じる今日このごろです。



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2011年04月10日

善意と売名と自己満足のあいだ


ツイッターやフェースブックには、義援金やチャリティーイベントの呼びかけが跋扈している。

自分も義援金の寄付はした。
同じ国の人間として、被災を免れた人間として、そうしたいと思ったからだ。

しかし、いくらの寄付をしたとか、会社の売上の何%を寄付するとか、応援するイベントをやろうなどとは言いたくない。

数多くの善意の宣言があふれてくると、それが本当の善意なのか、自分と自分の会社の広告宣伝なのか、いちおう自分もやっておかないとまずいかなという乗り遅れたくない気持ちなのか、わからなくなるからだ。

「こんなに募金して活動して、俺ってこんなにイイ人。被災者を助ける思いやりのある人。どう?こんな俺ってエライよね。」という心の奥底の声が聞こえてきそうな、慈善活動をしている自分に酔っているんじゃないかと思える人もいる。

たくさんの寄付をすることは素晴らしい。かっこいい。ほかの人にも「自分もやろう」と思わせる力がある。
しかし、みなが競ってやり始めると、「わが社は環境にやさしい企業です」と宣言するのと同じレベルのパフォーマンスに見えてくる。

もちろん、寄付行為を否定するわけではない。それは大切。でも、ことさらアピール合戦をする風潮は、ちょっと気持ち悪い。

そう思っていたころ、やるせない気持ちになる記事を読んだ。
http://getnews.jp/archives/110009

考えさせられた。
自分たちがやっているのは、善意か、偽善か、善意の押し売りか・・・。

たぶん、自分は本当の意味で被災者の気持ちはわからないのだと思う。
でも、彼らの本心を聞き、自分ができる範囲で自分なりにできることを考えたい。

具体的には、東北の商品を買って支援しようと思う。
昨日、東北の日本酒を飲んだ。明日は仙台牛の牛タンを食べる予定。
自分も誘った仲間も楽しい。そして東北にもお金が落ちる。
私の会社では、被災地じゃないけれど、東北の企業にHPの制作・更新をお願いしている。

これも偽善かもしれない。自己満足かもしれない。いったい何が本当の善意なのだろうか。あるいは、そんなことで悩むのが無意味なのか。
動機は何であれ、とにかく行動することが大切なのか。形は何であれ、結果的に被災者の役に立てばよいのか・・・。
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2011年02月04日

「ウチの会社」か「この会社」か

経営者の友人と会食したときに聞いた話です。
彼は自分の会社のことを「この会社」と言う人には、重要な仕事を任せないのだそうです。
反対に、「ウチの会社」と言う人には、重要な仕事を任せるそうです。
なぜかと聞いたところ、

『自分が勤めている会社を「この会社」というヤツは、だいたい斜に構えて心が離れている。こういうヤツは困難に直面すると、会社や上司のせいにする。嫌なことがあったら会社を辞める。
しかし、「ウチの会社」というヤツは、自分の会社に愛着があり、当事者意識がある。こういうヤツは決して逃げないし、権限と責任を与えれば、たとえ失敗しても必ず伸びる。
そして、上に立つ者として、どちらに可愛げを感じ、どちらに会社の将来を託したいと感じるか、言うまでもないだろう。
能力よりも、当事者として自分の会社を大事に思っているかどうかが、抜擢するかどうかの判断基準だ。』

もちろん、すべての会社がそうではないかもしれませんが、抜擢のひとつの真理を突いていると言えるのではないでしょうか。
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2010年07月23日

首相を簡単に辞めさせてはいけない

スキャンダルを起こした政治家や、さほど成果の出ない総理大臣を辞めさせることは簡単です。メディアを使ったバッシングを続ければいいだけです。
やがて彼らが辞任すれば、国民の溜飲は下がります。

しかし、そうやって次の総理大臣を選び、閣僚を選ぶ間、政治機能がほぼストップします。その際の国益の損失を、なぜ誰も言わないのでしょうか。

そして、新しい総理大臣が選ばれ、内閣改造が行われ、閣僚そろって記念写真を撮る風景がテレビで放映されます。ここまでは、期待感に胸が膨らみます。
しかし直後から、激しい与党バッシングが始まり、総理大臣を引きずり下ろそうと、ネガティブキャンペーングが繰り広げられます。

そうして、再び総理大臣が入れ替わる。入れ替わるたびに、政治機能はまたもやストップし、途中まで進んだ政策がふりだしに戻る。

パンフレットから名刺に至るまで、政治家の名前が入ったいろいろなものが作り直されます。挨拶と称して、様々な省庁の閣僚が、海外の要人に会談に行きます。そこに税金が使われ、国民の富が失われます。
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posted by 午堂登紀雄 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

グローバル2.0時代が始まった


先週末は、土曜日に小山龍介さんとの出版セミナー、終わったらすぐに札幌に飛び、僕が商品先物取引をしているサンワード貿易主催の投資セミナー。
月曜日(今日)戻ったら、5月開催の講演で使うレジュメ作り、その後、来客(カウンセリング)があり、すぐに会社を出て東京ドームホテルに向かい、水野俊哉さんの「秘密のお金持ち講座」に参加予定。

その間、既に終わっていなければならないはずの、5月新刊の本の原稿を書きつつ・・・(汗)。編集者さん、遅れてスミマセン・・・。
あ、いや、もう一冊同時で進めている本の校正もストップしていて・・・。こちらの編集者さんにも、ゴメンナサイ・・・(大汗)。
あ、5月の別の講演で使うレジュメの締め切りも過ぎている・・・主催者さん、ゴメンナサイ(脂汗)。

さて、2月に福岡、3月に名古屋、4月にニューヨーク、先週は大阪、今週は札幌に来て、ぼんやりとしいていた仮説を検証することができました。
いよいよ「グローバル2.0」の時代になったということを。
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2010年03月16日

国土交通省と農林水産省

赤松広隆農相が大西洋と地中海のクロマグロ国際取引禁止が論議されることについて「絶対に阻止したい」と主張したことにはエールを送りたい。

捕鯨問題も同様だが、マグロや鯨を食べる食文化がない国に限って、都合の良いデータだけを持ち出して反対する。
タコも海外ではシー・デビルと言われて食されないが、日本では貴重な食料だ。(ナマコもね)

漁業や取引が制限もしくは禁止されても、それを主張する国は、自国には全く損害がないし、環境保護や漁業資源保護という大義名分があるので体裁が良い。つまり反捕鯨、反マグロ漁を主張する国は、れっきとした国益があるわけだ。

しかし、古くから鯨やマグロを食べてきた日本にとっては、ひとつの文化であり、その文化が外国の勝手な理屈で壊さることは何としてでも阻止すべきだ。

そういう意味でも、今回の赤松農相の強気コメントは、同じ日本人としてうれしい。

僕のような主張を「単なる感情論だ」と言う人もいるけれど、文化というものは感性で育まれてきたものであり、感情論で語ることは特に問題がないと思っている。

翻って、トヨタのリコール問題については、日本の官庁は静観している(まあ、個別企業のことなので、やむをえないかもしれないが)。

しかし誰がどう見ても、大げさに騒ぎすぎている。米国トヨタのトップが公聴会に呼ばれて糾弾されたりして袋叩きにあい、アメリカ人の嫉妬攻撃を受けているのを、ただ見ているだけは忍びない。

個人的には、こっそり裏側から手を回し、助けてあげればいいのになあ・・・とか勝手に考えたりする。
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2010年02月08日

新しいメディアの台頭


どのソーシャルメディアにもタイムライン機能が加わり、ツイッターと同じリアルタイムコミュニケーションが盛り上がっている。
これは単なる流行なのか、時代の流れなのか。それだけではない。

ソフトバンクが出資を決めたustream。
http://www.ustream.tv/
ここにアイフォンの動画録画機能によって、誰でもどこでも放送局ができる。
「今日のわんこ」ならぬ「今日の美女」なんて番組つくったらおもしろいだろうなあ(笑)

はたまた米国で急成長しているhulu(フールー)
http://www.hulu.com/
はテレビ番組の検索サイト。これはまだ未知数かもしれない。

文書共有サイトのscribd
http://www.scribd.com/
次のYou Tubeになるのではと評判も高い。つまり、You Tubeは著作権にバリバリ抵触していてもユーザーに支持されるように、scribdがもし著作権無視でアップを認めれば、本や雑誌や漫画がガンガン出て、急成長する可能性がある。

いずれにしても、新しいビジネスチャンスが増えることは間違いないので、自分が消費者になるのではなく、プロデューサーとしてのスタンスでキャッチアップしていこうと思う。
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2010年01月21日

キンドル読書術

アマゾンのkindle(キンドル)が売れていて、クーリエジャポン2010年2月号によると、アメリカでは読書量の増えた人が多いらしい。
特筆すべきは、従来はあまり本を読まないとされた、50代や60代の客層の購買が多いそうだ。

米大手書店のバーンズ&ノーブルが発売したブックリーダー「nook(ヌック)」も、発売と同時に膨大な注文があり、発売日になっても発送できなかったらしい。もちろん店頭販売用の在庫は確保できず、モックアップを飾るしかない、というほどの人気だそうだ。

やはり多くの人が指摘するとおり、市場規模が縮小傾向にある出版業界の救世主になるかもしれない。

誰がおいしいところを持っていくのか
ただ問題は、そうした動きを出版業界以外の企業が仕掛けそうだということだ。
出版業界は全体的に冷ややかな見方、あるいは無関心、といったふうで、結構ヤバイ。

ここはプライドを捨てて、今からダウンロード販売、携帯ブックリーダー対応商品制作の準備に入ったほうがよいのではないか。

でなければ、他の企業においしいところだけ持っていかれて、出版社は細々とコンテンツを提供するだけの斜陽産業になってしまいかねない。

ヤフーに新聞記事を提供する新聞社に支払われるライセンスフィーは、50万円とか破格値だそうだ。これは当初、新聞業界はポータルサイトをなめていた、と捉えることができる。

そうならないためにも、出版社が先陣を切って、ダウンロード対応を進展させるべきではないか。
そうやって既存のビジネスモデルを自社で破壊するほどの取り組みが求められる時代かもしれない。


翻って、個人としてはどう対応を考えるべきか。
それはやはり、文明の利器は徹底的に使い倒すことだろう。

たとえばキンドルの良さは、通信費がかからないとか、軽くて薄くて携帯に便利とか、驚くほど文字がくっきりきれいとか、書籍の値段が安いとかが本質ではない。
それは消費者の感じることであって、ビジネスパーソンが注目する点ではないように思う。


オリジナルテキストの制作
もう付箋を貼ったり、重要なところに線を引いたり、ページの端を折ったりする必要がなくなる。

ハイライト機能によって、線を引ける。線を引いたところだけを集約して、オリジナルポイント集を作ることができる(しかも前後の文脈も表示してくれる)。これらを印刷してテキストをつくることができる。これを読み上げ機能で聞くオーディオブックにすることができる。

検索機能もあるので、キーワードを探すこともできる。思いついた言葉を書き込むことができる(ノート貼り付け)。もちろんこれもあとでまとめて表示させることもできる。


英語学習ツール
現在、キンドルは英語版だけなのだが、英語学習に使える。
単語にカーソルを置いただけで、自動的に意味を表示してくれる。
Text to speech機能によって、英文を読み上げてくれるため、ヒアリング学習ができる。
暗記したいフレーズだけを集めて、これもオリジナル表現集を作ることができる。

という感じで、技術が進化すれば、今までできなかったこと、できたけど手間がかかっていたことが、可能になる。あるいは短時間でできるようになる。

こうした文明の利器を使いこなさない手はないでしょう。
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2009年08月17日

一点集中撃破で上達力を高める

虫めがねで日光を集めると火をつけられるように、一点に集中するというのは、ものごとを成し遂げる大きな力になる。

僕の会社でビジネスボイストレーニングのスクールをやっている。これは人前で話すことの多いビジネスマン向けに、響く声、明瞭な滑舌、長時間話しても嗄れない声に変える、というものだが、サブコースとして「カラオケ一曲集中マスターコース」というのがある。

名前のとおり、カラオケが苦手な人でも、とにかく一曲だけはプロ並みにトレーニングして、皆でカラオケに行ったときに、驚きと感動を与えられるようにする、というもの。

このトレーニングを受けると、どんな音痴な人でもプロ顔負けの歌い方ができるようになる。

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2009年07月07日

ベーシック・インカム

ベーシック・インカムという考え方を聞いたことがあるだろうか。

これは、社会の構成員全員に、個人単位で、最低限の生活が可能な一定の収入(=ベーシック・インカム

)を、定期的に現金で分配するシステムのことだそうだ。受給資格は特になく、働いていても、いなくても、高所得でも低所得でも受け取れるというもの。

驚いたのは、このベーシック・インカムの制度を支持する人が結構多いということ。「働かざる者、食うべからず」という言葉は乱暴で危険なのだそうだ。そして、働かなくても生活できる基盤が保障されることで、もっと自由に、そして自分らしい働き方が実現できるという。

そうやって地球という大自然の恩恵を受けて暮らす社会の構成員全員を平等に扱うことが重要、ということらしい。

でも、本当だろうか?→続きを読む
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2009年06月10日

裁判員になりたくない!

裁判員制度は本当に必要か?

裁判員制度が走り出し、テレビや雑誌、書籍でも、このテーマの特集が多く見られるようになった。でも、なんだかおかしいと思いませんか?なぜ国民が司法判断の場に参加しなければならないのか?
ずっと違和感が頭を離れない。そこで、最高裁判所HPより引用してみた。

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2009年05月28日

メタボはウソじゃないのか?

世の中の常識と言われるものはたくさんありますが、因果関係がはっきりしないものにお金を使うのは、自分の資産を減らすことになりかねません。

たとえば既に市民権を得た感のある、「メタボ」「メタボリックシンドローム」。流行語大賞にもなりましたね。ひらたく言うと、男性は腹部が85センチ以上、女性は90センチ以上の人は「内臓脂肪の蓄積による健康上の危険人物」と判定される、というものです。

要するに今まで病気でなかった人でも病気になるという「新しい病気」で、メタボの健康診断を受け、メタボと判定されたら改善指導を受け、また検査に行く必要があります。

これは僕から見れば、一般個人として、あるいは経営者として、今まではなかった追加コストがかかることになるので、いったん立ち止まって考えてみることにしました。
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2009年05月22日

派遣社員も日本の宝

昨年末は派遣村問題が勃発し、製造業の派遣は禁止だの、派遣法の見直しだの、派遣社員の悲惨さばかりがクローズアップされている。

しかし、前回のフリーターと同様に、僕は派遣社員も日本にとって必要だと思う。
ある派遣社員の友人(女性)と話をしたときのこと。彼女いわく、

「小さな子供を持つ母親としては、派遣社員という働き方はとてもありがたいの。子供は突然熱を出すこともあるし、残業になって保育園に迎えに行くのが遅れたら、ぽつんと寂しい思いをさせてしまうこともあるでしょ。でも派遣なら、最初から残業のない職場を選べるし、時間も決められる。

正社員の時のように、周りが残業していて申し訳ない気持ちで帰るよりも、精神的にも負担が軽減されるの。先日子供が入院したときも、派遣を一時お休みさせてもらったのだけど、そういう柔軟さがあるのも派遣の良さだと思う。

キャリアを優先させたい女性もいると思うけど、私のように子育てを優先させたい女性もいる。精神的に弱い女性もいて、合わなかったら職場を変えられるというのも、働く安心感につながる。

確かに派遣切りで生活の問題が出てくる人もいるかもしれないけれど、問題点ばかりに焦点を当てて選択肢を狭めるような今の派遣論議は、本当は、働く女性や子育て環境のことを、本気で考えていないんじゃないかと思ってしまうのよ。」

なるほど、そういう意見もあるんだなあ…。

僕は経営者なので、やはり経営的視点から見てしまう。たとえば派遣契約の自由度が制限されれば、企業は人件費の調整弁を失う。景気が良いときは問題ないが、景気が悪いときは人件費が業績を圧迫することになる。ということは…
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2009年05月21日

ビジネス書の逆を行こう

先日、人材紹介会社の営業が来た。むげに断るのも悪いし、せっかくだから業界の状況を聞いてみようと思って、アポイントを受けた。

彼らは新卒中心に採用コンサルをやっているそうなのだが、やはりこのご時世で採用枠そのものが少なくなり、厳しいらしい。しかし、厳しい理由はそれだけじゃないという。
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2009年05月15日

フリーターは日本の宝

相変わらず正規と非正規という雇用形態にこだわる論調が相次いでいるので、自分自身の考えをまとめる上で書いてみた。賛否両論あると思うけど、あくまで僕個人の意見。

日本にはフリーターという職業形態は不可欠で、日本の産業を支えるキープレーヤーでもあると思う。なぜなら、彼らがコンビニなどの小売業やファミレスなどの外食産業で働いてくれるから、僕たちはかくも安い値段で買い物ができるわけです。

もし彼らがいなければ、マクドナルドや吉野屋に行ってあんな安い値段で食べることはできない。僕はかつてコンビニ店長をしたことがあるが、フリーターがいなければコンビニ経営なんて成り立たない。

あるいは、多くの人が利用しているオンライン書店のアマゾン。そのアマゾンの物流倉庫でピッキング作業をしているのも、主婦パートやフリーター。もちろん、スーパーやドラッグストアチェーンの物流倉庫も同じ。

つまり僕たちの利便性というのは、フリーターに支えられているといっても過言ではない。

フリーターを減らして正規雇用させなければならないという論調の人は、牛丼やハンバーガーの値段が3倍になっても、ファミレスの値段が2倍になっても、スーパーの商品が1.5倍になっても、異を唱えないのだろうか。
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posted by 午堂登紀雄 at 12:04| Comment(8) | TrackBack(1) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする