2010年07月23日

首相を簡単に辞めさせてはいけない

スキャンダルを起こした政治家や、さほど成果の出ない総理大臣を辞めさせることは簡単です。メディアを使ったバッシングを続ければいいだけです。
やがて彼らが辞任すれば、国民の溜飲は下がります。

しかし、そうやって次の総理大臣を選び、閣僚を選ぶ間、政治機能がほぼストップします。その際の国益の損失を、なぜ誰も言わないのでしょうか。

そして、新しい総理大臣が選ばれ、内閣改造が行われ、閣僚そろって記念写真を撮る風景がテレビで放映されます。ここまでは、期待感に胸が膨らみます。
しかし直後から、激しい与党バッシングが始まり、総理大臣を引きずり下ろそうと、ネガティブキャンペーングが繰り広げられます。

そうして、再び総理大臣が入れ替わる。入れ替わるたびに、政治機能はまたもやストップし、途中まで進んだ政策がふりだしに戻る。

パンフレットから名刺に至るまで、政治家の名前が入ったいろいろなものが作り直されます。挨拶と称して、様々な省庁の閣僚が、海外の要人に会談に行きます。そこに税金が使われ、国民の富が失われます。

若者の投票率が低いそうで、先日、「若者の意見を政治に反映させるために、若者のみなさん、選挙に行きましょう」という広告をネットで見ました。

これは若者のせいでしょうか。しかし、投票率が低いのには、理由があるはずです。

たとえば、大人が子供のままごとに加わるのは、恥ずかしくてなかなかできないでしょう。

同じように、まっとうな感性を持つ大人であればなおさら、茶番劇に見える政権交代に付き合わされることに、参加することをためらっているのかもしれません。

マスコミも共犯者です。たとえば、首相が漢字を読み間違えたことを、何度も繰り返し放映することに、いったいどういうメッセージがあるのでしょうか。

辞めさせればみんな怒りが収まりますが、誰も辞めさせたあとのことを考えていません。辞めさせることが目的になっているので、辞めさせても、取って代わる人材が見当たらず、トコロテン人事になってしまう、という状況です。

全政治家が一致団結して、首相に協力し、力を振るえば、大変な変革エネルギーが出るはずなのですが・・・・。

日本はアメリカなどとは異なり、国民の選挙で大統領を選ぶという制度ではないため、国民が総理大臣に感情移入できない、だから心から応援できないという問題はあるでしょう。

新陳代謝は必要です。野党によるチェック機能も不可欠です。成果の出ない政権は、辞めさせなければならないのはそのとおり。

当の議員や首相にも問題はあります。国会中継中のヤジや罵声の応酬は、見ていてこっちが恥ずかしくなります。子供の口げんかにしか見えないこともあります。

私が海外のビジネスマンと話していて、もっとも恥ずかしい思いをするのは、日本の政治・政策について聞かれるときです。

しかし、短絡的に総理大臣の入れ替えをするのではなく、全員で応援する、という姿勢も必要です。

リーダーがリーダーシップを発揮するには、フォロワーが意識してフォロワーシップを発揮しなければなりません。

誰もフォロワーシップを気にしないで足を引っ張り合うと、誰がリーダーになっても、リーダーシップを発揮できないで終わってしまいかねません。

船が嵐に見舞われ、難破しそうなときは、一致団結して対応するでしょう。
同様に、「辞めさせればなんとかなる」という安易な発想からは抜け出し、「どうやって一緒に良くしていくか」という発想に切り替える必要があるのではないでしょうか。
posted by 午堂登紀雄 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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