2009年06月10日

裁判員になりたくない!

裁判員制度は本当に必要か?

裁判員制度が走り出し、テレビや雑誌、書籍でも、このテーマの特集が多く見られるようになった。でも、なんだかおかしいと思いませんか?なぜ国民が司法判断の場に参加しなければならないのか?
ずっと違和感が頭を離れない。そこで、最高裁判所HPより引用してみた。

Q、どうして裁判員制度を導入したのですか。

A、これまでの裁判は,検察官や弁護士,裁判官という法律の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な検討がされ,またその結果詳しい判決が書かれることによって高い評価を受けてきたと思っています。
しかし,その反面,専門的な正確さを重視する余り審理や判決が国民にとって理解しにくいものであったり,一部の事件とはいえ,審理に長期間を要する事件があったりして,そのため,刑事裁判は近寄りがたいという印象を与えてきた面もあったと考えられます。また,現在,多くの国では刑事裁判に直接国民が関わる制度が設けられており,国民の司法への理解を深める上で大きな役割を果たしています。
そこで,この度の司法制度改革の中で,国民の司法参加の制度の導入が検討され,裁判官と国民から選ばれた裁判員が,それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(これを「裁判員と裁判官の協働」と呼んでいます。)により,より国民の理解しやすい裁判を実現することができるとの考えのもとに裁判員制度が提案されたのです。


ええっ!
理解しにくいとか、長期間を要するとか、近寄りがたいとか、本当にそう思っているのなら、なぜ努力して理解しやすく、短期ででき、近寄りやすくする工夫をしないのか?
理解しにくいなら、専門用語を減らし、口語で解説する。長期間を要するのなら、人を増やして期間短縮する、近寄りがたいなら、傍聴機会を増やす、公開するなど、方法はいくらでもあるはずだ。それができないというのなら、そもそも本当に良くしたいと思っていないということだ。

そうした努力を放棄して、国民が裁判に参加させることで責任を逃れようとしているだけじゃないのか?


Q、法律の専門家でない国民が加わると,裁判の質が落ちたり,信頼が損なわれたりしないでしょうか。

A、そのようなことはありません。
法律的な判断はこれまでどおり裁判官が行いますし,必要な場合には裁判員のみなさんにもご説明します。
裁判員のみなさんには,「事実認定」と「量刑」について判断していただきます。これについては,法律的な知識は必要ありません。
さまざまな人生経験を持つ裁判員と裁判官が議論することで,これまで以上に多角的で深みのある裁判になることが期待されます。



ええっ!
法律的な判断は裁判官がやるなら、何のための裁判員なのか?それに、法律の知識なく、事実認定や量刑が決められるのか?
この人は無期懲役、この人は死刑、って、本当に決められるのか?法律的な知識や、これまでの判例を知らなければ、刑の重さって決められないでしょう?それだと、感情だけで有罪無罪を決め、個人の価値観で無期懲役か死刑かが決められてしまうのではないか?

そもそも、なんで素人が参加すれば多角的で深みが出るのか?まったくロジックがおかしくないか?僕には人の罪の重さを決めるなんていう、そんなことは無理だ。


Q、裁判員裁判の手続は今までの裁判と違うところはあるのですか。

A、裁判員裁判の手続は,裁判官のみによる現行の裁判手続と基本的に同じです。しかし,法廷での審理が始まる前に,裁判官,検察官,弁護人の三者で,ポイントを絞ったスピーディーな裁判が行われるように,事件の争点及び証拠を整理し,明確な審理計画を立てるための手続(公判前整理手続)が行われる点が異なります。また,これまでの裁判は,約1か月おきに間隔をあけて行われることが多かったのですが,裁判員裁判においては,公判前整理手続の中であらかじめ訴訟の準備を行うことができるため,公判が始まってからは,連日的に開廷することが可能になり,多くの裁判員裁判は数日で終わる計算になります。 さらに,裁判員にわかりやすいように,メリハリのある裁判を行うように様々な工夫がされ,例えば,証拠調べは,厳選された証拠によって行われますし,争いのない事実については,その事実や証拠の内容・性質に応じた適切な証拠調べがされるようになります。また,当事者(検察官又は弁護人)双方の尋問は,原則として,連続して行われますし,論告・弁論も,証拠調べ終了後できる限り速やかに行われることになります。



ええっ!
「裁判官,検察官,弁護人の三者で,ポイントを絞ったスピーディーな裁判が行われるように,事件の争点及び証拠を整理し」なんて、なんか恐ろしくないかい?
だって、証拠を整理するということは、情報操作がなされても、僕たちにはわからないということになる。そんな単純化された争点と証拠で、本当に適切な判断ができるのか?

それに、国民の理解しやすい裁判が実現したいのなら、なぜ守秘義務があるのか?守秘義務があれば、内容は国民には伝えられない。

それに、もしかしたら自分が誤って判断した結果、自分が加害者になってしまう可能性がある。

おかしい。なにかがおかしい。現行制度は、間違って暴走してしまう危険性を多分にはらんでいる。僕はもし裁判員に選ばれたら、罰金を払ってでも、絶対に辞退する。
posted by 午堂登紀雄 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 午堂登紀雄の独断と偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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